-実際に山田さんの仲介により、8日後の3月19日に花巻と被災地に行きお手伝いをさせてもらったのですが、自然農の農家ウレシパモシリさんの生活が、緊急の自体でも全くブレていない印象を受けました。-
震災直後、電気がなくても灯りはロウソクで代用すればいい。水も湧き水があるし、食料は自給できているので、生活自体は全く通常時と変わりませんでしたね。家畜にも普通に餌を与え、又、蓄えもあるわけですよ。みそ、お米、野菜も畑で採れるし卵も毎日数百個穫れる。しかも全て農薬を使わない無農薬食品です。食料の備蓄、薪を使った炊飯、薪ストーブなど化石燃料に頼っていないので、ライフラインが止まってもいつも通りの暮らしにほぼかわりない。そういう柔軟性というか生活能力のキャパシティが大きいですよね。
-まさに山田さんの日本一周は、そうした自給自足のライフスタイルを実践している方々との交流でしたよね。そのネットワークがそのまま、食料支援に生きたわけですね。-
日頃から食料の自給自足とか循環型エネルギーに取り組んでいる方々をリサーチし、お会いしてきた中で、確かに、そういうライフスタイルは大事だと思いました。と同時に、例えば、廃食油で動く車があれば即動けますし、ディーゼル発電機があれば、すぐに電気が起こせるので、バイオディーゼル燃料と自然農の生活があれば、家が倒壊でもしない限り、全く普通の生活が続けて行けるということを実感しました。
-本当に必要なモノが分かってリアルに行動できたということですね。-
そうですね。何が本当に必要なのか、どういう生き方が大切なのかが、この実践的な事例をモデルケースとして理解できました。しかも実践的かつ楽しく幸せな生き方。可でもなく不可でもなく、あり過ぎでもなく足りなすぎないモノのあり方とか自然とのつきあい方のような部分。それと、今迄社会が蓄積してきたテクノロジーとが融合することで、精神面でも肉体面でもいかに幸せに生きることができるかということ、そのバランスを学ばなければいけないと強く肌で感じました。
-日本全体、特に都心部では、電気が来ないだけで仕事や生活システムにかなりの支障が来される事を実感したはずです。-
そうですね。震災直後、花巻周辺でも、オール電化に変えた方から、水も出ないしどうにもならないという声も聞きました。電気が使えないとトイレも水も何も使えないという状況で、僕の滞在していた自然農家さんと両極端なものを感じました。
-救援活動の期間、廃食油自体は足りていたのですか?-
まだ、豆腐屋さんのほうで油もありましたし、他にも協力して頂ける方もいらっしゃいました。花巻でも廃食油を回収する事業をされている方もいらしたり、廃食油を集めるルートには事欠きませんでした。ただ毎日、内陸と被災地を往復して200〜300km走るわけですから、廃食油からBDFを作っている時間がもう間に合わなくなりました。その折に、全国のBDFを作っている方々から連絡があり早速届けて頂けることになったわけです。作れるけれど、作っていたら救援活動が間に合わないという状況だったので、そういうサポートが非常に有り難かったです。